写真は「良し悪し」だけで価値を語れないんだ

 
 
おはようございます。この歳になると、友達が結婚ラッシュでおめでたい報告をポツポツと聞くようになりました。今月は2件も友人の結婚式に招いて頂き、喜ばしい場に立ち会えたことを嬉しく思っています。
(結婚おめでとう!)
 
 
さて、私がその結婚式で気になったのは、出席者のほぼ全員がスマホ片手に「記念すべき瞬間」をカメラに収めようとしていたことでした。まるで結婚記者会見のように、我流のカメラ技術を引っさげたカメラマンに変身していたんです。私も思わず「あ、写真!撮らなくちゃ!」と思って慣れないカバンからスマホを出そうとしましたが、「まあ、友達も撮ってるし、後でもらえばいいかな…。」と甘んじて、結局一枚も撮らずに式を終えてしまいました。
その後友達が撮ってくれた写真を見て「やっぱり招いてくれたんだし、少しくらい撮っておけば良かったかな」と後悔することになりました。ごめんなさい。
 
 

でもどうして出席者がこぞってカメラマンになりたがったのでしょう。
どうして私だけ、カメラマンになりたくなかったんだろう。
 
 
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写真を一枚も撮っていない私から見ると、出席者が新郎新婦ではなく「画面」ばかり見ていた景色が印象的でした。
これは友人が撮ってくれたものですが、出席者がスマホを構えている後ろ姿も沢山写っています。それが異様で仕方ありませんでした。
もっと腕のいいカメラマンがベストアングルでいい写真を撮っていたはずなのに。
披露宴で席につき、料理を待っている間も、他のテーブルでは談笑よりも「さっき撮った写真の選別」に余念がないようでした。
 
 

専属カメラマンと出席者カメラマンでは目的が違う

 
 

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どうしてカメラマンになりたがったのかと考えてみると、専属カメラマンと出席者カメラマンとでは大きな違いがあるように思います。
 
 
専属カメラマンは「新郎新婦のため」に「いい写真を撮る」ことが目的でしょう。
長く培った技術を活かし、いかにして芸術的な写真が撮れるか。専属カメラマンは仕事ですから、お客さんが満足できる写真を求めるでしょう。
まあでも、ここで結婚式場の人間がかんでくるので、本当に「満足できる写真」「満足できるサービス」を提供できるかは、また話が変わるかな。少なくともカメラマンの目的は「新郎新婦のため」でおおよそ合ってるのだと思います。
 
 
一方で出席者カメラマンの目的は「自分のため」に「後で振り返られる記録」として写真を撮っているように思います。
別に技術があるなしに関わらず、友達がどんなドレスで、どうゆう演出のもと挙式を行ったか。自分がどう立ち会ったかを残すために写真を活用しているのかもしれません。ここで求められるのは質ではなく量なのかもしれません。もちろん質が良ければそれに越したことはないでしょうが、そもそものゴール設定が質ではないかもしれません。
 
 

出席者カメラマンの存在そのものが演出になる

 
 

私がどうして「撮っておけば良かったな」と後悔したかと言うと、そのカメラマンに変貌した出席者の姿が一様に脇役に徹している風に見えたからです。写真を撮る行為そのものが、新郎新婦(主役)を引き立たせる演出に見えました。
 
 
司会の女性も「皆さん是非前の方までお越しいただき、この記念すべき瞬間をカメラに収めてください。」と、撮影を促していました。
出席者が写真を撮るためにメインテーブルを囲む姿。椅子から外れて、後ろのカメラマンのために膝を折ってカメラを構える。その姿が本当に、一丸となって主役を引き立たせようとなっている風でした。
 
 
カメラマンになることで、自然と脇役になれるんですね。
 
 

今まで写真を撮らなかった理由

 
 

先にも言いましたが、私は結婚式で一枚も撮りませんでした。
振り返って考えてみると、それは「私が撮影が上手くない」からでした。
 
 
私の目的が「自分のため」に「上手い写真を撮る」ことで、だけど目の前のカメラマンと比べると素人に毛が生えた程度の私がかなうはずもなく、結果諦めていたような気がします。私は学生時代、カメラの授業なんかで撮影技術を教わったことがありました。でもその評価は可もなく不可もなく。だから写真を撮ることに敗北感があったんです。
 
 
それでも無駄にプライドが邪魔をして「もっと上手く撮りたい→旅行では一眼を抱えて写真を撮っている→結婚式はカメラ持ち込めないだろうな→専属カメラマンでもない限り、ベストアングルでは撮れない→変なものを撮るくらいなら、撮りたくない」
で結果スマホで写真を撮らずにいました。
 
 

良い写真を撮るだけが価値でない

 
 

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良質な写真だけが価値を生むわけではないかもしれない、と思ったんです。
特に結婚式で出席者が撮影する目的は質ではないし、カメラマンが沢山いることのメリットも感じました。
 
 
写真って素敵ですね。
ずっとプライドが邪魔してたなあ。これからは下手でも何でも、写真は撮っていきたいです。そもそも撮らないと上手くならないしね。
私が写真授業の評価が良くなかった理由もそこにあったのでしょう。
 
 
 
 

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