私はお客様だけど神様じゃない

おはようございます。今日も今日とて残業でした。ありがとうございます。
打合せで時々喫茶店を利用するのですが、店員さんが一生懸命顔色を伺いながら丁寧に接客してくれたんです。ですが相席の方は素っ気なくて、見るに見かねて私が笑顔で応えていました。「ああ、店員さんのためにもちゃんと接客には応えてあげなくちゃなあ」と思っていました。

だけど先日、ちょっと落ち着いて読書がしたくて、ついでにコーヒーが飲みたくてその喫茶店に1人で行った時。
いつもの様に店員さんが顔色を伺いながら丁寧に接客してくれたのに、私はありがとうも言わずにコーヒーを飲んでしまいました。後から「あ」っと気づいて。駄目ですね、言おうと思ったはずなのに。




何で私が「ありがとうございます」を忘れてしまったのか、少し考えてみました。
まあ非常識と言われたらそれまでなのですがね。
以下は語弊があるといけないので先に結論から言っておくと、私は「ありがとうございます」と言いたいんです。そのための考察ですよ。

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私が喫茶店に来た理由は、本を読むためでした。次にコーヒーを飲むためです。別に店員とコミュニケーションが取りたくて来たわけではありませんでした。こう言うと非人道的に聞こえますが、キャバクラに来たわけじゃないんだから大体こんなんが理由だと思うんです。
本を読んでいて、凄く中途半端に読み進めた時に突然話しかけられて、慌てて本を閉じた時には既にコーヒーが置かれていました。コーヒーを見た瞬間、もう気持ちがコーヒーに向いてしまって、気づいた時には店員さんはそそくさと帰ってしまっていました。私があたふたとしているうちに、一連の接客が終わっていました。欲求が全て満たされた瞬間、私の頭には「接客に応える」思いがすっぽりと抜けていたんですね。




店側からするとどうでしょう。
店側は席を作ってコーヒーを出せばもうやるべき業務は終わるはずなんです。接客はあくまでサービスなんですから。なんでサービスをするかと言ったら、それはもう(戦略的に見れば)他店との差別化でしょう。お客にリピーターになってもらって、もっとお金を落として貰いたいわけですから。だから「お客様は神様」だとか何とか言ってた店舗もありましたが、そうゆう気持ちでお客と接したいんだと思います。だからこっちが要求してないものもわざわざ提供してるんです。

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私自身は「お客様は神様理論」はあまり好きではありません。
勝手に神様にされても、私は神様らしいことはしてあげられないので勘弁して欲しいです。お金とコーヒーを物々交換してるだけなのに、なんでどちらかが偉くなるんでしょうか。「お客様は神様」と言い張るなら、こっちだって神様にならなくちゃいけないじゃないですか。でも私はそんなに偉くないですよ。
お互いは対等でありたいんです。だから店側にどんな思惑があると言えども、頂いたものには応えたいんですよ。それがこっちが要求してないことでもね。

話は逸れますが、同じ理由で「サービスを受けて当たり前理論」もあまり好きではありません。
店員の態度が無愛想だったり対応が悪かったり。確かに不快にはなりますがお客側が強要するものでもないように感じます。よっぽどテーマパークのようにサービスそのものにお金を払っているなら違いますが、無愛想なのは人付き合いとして不快に思うだけで店に対して不快に思うことではないと思うんです。(あくまで客側の意見ですが)
だって私はそんなに偉くないもの。

お店に行くと、ついつい自分だけの時間を楽しんでしまいます。だけどそれだけだと「ありがとう」と言うのを忘れてしまっていました。折角席とコーヒーを頂いて、要求してないサービスまで頂いてるんだから、こっちもお金と心意気を提供したいです。




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  1. 2017年 5月 19日