ゆとり世代だから

所謂ゆとり世代ど真ん中なのですが、年齢も20半ばになってくると「最近の大学生はやれと言われたことしか出来ない」などと、同じくゆとり世代の若年層に対する愚痴を聞くことが増えてきました。私も学生時代、先輩に対してとてもフランクなメールを送ってしまったことがあって、人伝てで注意されたことがあります。だからゆとり世代に対する不満を聞くと、何だか他人事ではないように感じて少し怖くなります。

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とは言え、私自身もゆとり世代なわけですから、こんな風に知らぬ場所で愚痴を言われていても可笑しくないですよね。そんなに出来上がった人間だとも思っていないし。
ああ、怖いなあ。

ゆとり世代が一概に使えない人間だと言われてしまうと、少し物悲しい思いはありますが、当人である私からすると「世間ではゆとりと一括りにされてしまうものだ」と肝に命じて行動していく必要があります。大きな時代の流れに乗っている者として決して例外ではありませんし、自分自身、ゆとりだからと言い訳をしたくなる事もあります。そこでゆとり世代の特徴というものを色々と調べてみました。

1、他者視点が育っていない
2、深く考える習慣が育っていない
3、楽して、きれいに成果を上げたい
4、チャレンジする「心」が育っていない
5、年長者と話そうという意識が育っていない

自己診断では2、3、4は当てはまらない、と信じたいです。
ですが私は、特に5が凄く難しくって苦戦した覚えはあります。ああ、やっぱり私はゆとり世代と呼ばれてしまうんですね。

就職後こそ、年長者と関わることが増えてきて、本当に教わることも増えてきました。ですがそもそも、私は年上に苦手意識があり、今もまだ拭いきれません。勿論敬語や挨拶、気配りの仕方など基本的なところは不器用ながらも気にかけてはいるつもりです。だけど何だろう、どうも苦手なんですよね。今でも「上司より先に着いてスリッパを出さないと」と指摘されてしまったり、反対に「その言い方、畏りすぎだよ」と言われてしまうことも。

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思い返してみると、中学や高校時代に、あまり担任の先生に対してしっかりと敬語云々を使っていなかったように思います。私は部活っ子だったので、顧問の先生にだけは何故か使っていましたが、仲良くなった先生や講師の先生に対しては、あまり気にしていなかったかもしれません。
「先生ーここ教えてくださーい!」
って感じで。使って、は、いる、という感じ。たまにタメ口になっちゃう。でもこれってクラスでは普通だったんですよね。先生も先生で、生徒と仲良くなろうという感じでフレンドリーに接して下さっていましたし、何なら夜に先生から連絡のメールや電話がきたり。(不埒なことではないですよ!!!)
ゆとり世代の前は私はよくわかりませんが、学校では普通の光景でしたよね。
そんな感じでそのまま大学へ進学して、学生時代の先輩にも同じ感覚で接したら「年上を敬う気持ちが足りない」と指摘されてしまいました。

義務教育が終わった後の「あ、そうだよね、年上なんだからこうやって接していかないといけないんだよね」と改めることが多々ありました。それでも学生時代の年上に対する敬いの心は、就職した今思い返すとまだまだ甘かったように思ってしまいます。
今までどれだけ学校に守られてきて、それが当たり前になっていたんだなあと。私の年上苦手な部分はそんなギャップからくるのかもしれません。

ゆとり世代と呼ばれてしまうのは恐らくあと十数年は続くでしょう。だからあと十数年は自分がゆとりだと肝に命じておかなければいけません。だけど自分が失敗した時に「私はゆとりだから」と思わず言い訳に使いたくなるかもしれません。そうして失敗を責任転嫁したくなる。でもなかなかに世知辛い世の中ですからね。そこは言い訳にせずに頑張っていかないと。

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