タッチパネルをぎゅーっと押したくなる時

携帯電話にボタンがなくなってから数年が経ちましたね。
少し前の話になるのですが、駅の券売機や映画チケット販売機などで、
「そんなに強く画面を押し込まなくてもいいのに」
と言いたくなるくらい、液晶に鈍い虹色がじんわり出てくる程に扱うおばさんをちらほら見かけたものです。

 

あと、iPadを自慢気に掲げてるのに、人差し指だけで打ちにくそうにキーボードを打つおじさんとかね。
さすがに最近は見かけなくなりましたが、未だに最寄駅には旧式の券売機が置いてあります。

 

かくゆう私は、スマホとiPadヘビーユーザーですが、未だにボタンの押し込む感覚を求めてしまう時があります。普段このブログはiPadで書くことが多いのですが、あの画面上にでてくるキーボードが打ちづらいですよね。そこでlogicoolのkeys-to-goを使用しています。
薄型ですが、キーストロークが3mmくらいあるので、とても重宝しています。あと、画面が広くなるしね。
このキーボードを別で購入して思うことは、
タッチパネルは劇的にインターフェイスを見やすく、わかりやすくしてくれましたが、同時にモノらしさを亡くしたことにより「使いやすさ」が損なわれたように感じるということです。

 

モノの形にはそれぞれ意味があります。極端なことを言えば、何の理由もなしに形となっているものなんてありません。操作上 無意味な造形は、(それがアートを含め)あったとしても万人に受け入れられるものではありません。

 

タッチパネルではそもそも形がないわけですから、 使いやすくはないのかもしれません。
ただ「わかりやすい」「便利」というだけです。

 

とはいえ、表示がフラットになってきたのもここ5年程度の歴史しかありません。
今後タッチパネルが半立体になるかもしれないし、VRが発展し、空間上にボタン表示がされる未来が訪れるかもしれません。その過程で、今欠如された「使いやすさ」が見直されるかもしれないです。

そんな未来を作るためにも、現状あるものを見直し、疑問を抱かないといけないですね。

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