ヨヘン・レンペルト「せかいをさがしに展」

昨日の寒さと打って変わって、今日はとても暖かい日になりましたね。
寒いのは苦手なのでとても嬉しいです。

 

さて、ヨヘン・レンペルトというドイツ人の写真展があるということで、遥々伊豆まで行ってきました。
元々は生物研究家で、近年写真家として独立したとあって、100点にも及ぶ作品は、どこか実験的で面白い展示でした。

 

行ってみてまず驚いたのは、その写真の扱い方です。
展示された写真は全てモノクロで、画も荒く、額もありません。芸術方面でみようとしていた私にとって、始めはとても粗末に見えてしまいました。
正直、もっと美しい撮り方があるだろう、と思ってしまいました。

 

それはきっとレンペルトが、写真を芸術としてではなく、どちらかと言うと材料として扱っていたからではないでしょうか。
動植物を被写体として撮っていますが、その画はあまり美しさを求めていません。むしろこの写真を材料として、自分の研究者としての信念や思考を垣間見させようとしている。
写真家でありながら、写真で完結させない魅力を秘めているようでした。

 

私が初めて見た時に違和感を感じてしまったのは、私が写真を単体で見ようとしていたからだったと思います。作品に思いの全てを託そうとするこれまでの私の考えが一気に変わった時でした。彼は恐らく(少なくとも私の考察では)写真自体に思い込めていません。

 

レンペルトは、ゼラチン・シルバー・プリントとう方法で全てをプリントしているようですが、その撮影方法は様々でした。
単純にスチールとして、ストレート写真を撮ったものもあれば、フォリオグラムという現像機にフィルムではなく、直接 葉っぱを乗せて写真にする手法など、様々な手段で写真としていました。
またストレート写真でも、動物の生き生きした映像を収めるのではなく、鳥の頭を真横から撮影し、静止した画とさせています。それが何種類も同じ撮り方でズラリと並ぶ姿は、博物館に展示された標本のように感じました。生き物としてではなく、研究材料として収蔵するように。動物の写真なのに、こんなにも生命力を感じない写真は稀です。

 

またフォリオグラムでプリントされた葉は、葉脈までくっきりと映り、まるでレントゲン写真のようでした。
若しくは理科の授業で教わった観察図のよう。写実的ではなく、線だけで表現し、植物の構造を理解する授業のような写真でした。

 

 

こんな写真がズラリと並んでいるから、下に考察やら実験結果を書き加えたくなるようでした。
レンペルトの写真には、写真で完結する美しさはないのかもしれません。ですが、写真から考察できる研究者としての思いが垣間見れて、とても魅力的でした。わざわざ伊豆まで行って良かったです。

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