保育園だよりがどうも読みにくい

小さい子供がいるご家庭ではよく見かける、保育園だより。
毎月保育士さんが丁寧に手書きで作成して、季節の挨拶から始まり、園での出来事やお知らせを書いてくれています。可愛らしいイラストなんかも載せて、とても工夫と愛情に満ち溢れたおたよりです。

 

ですが、DTPデザインの視点から見ると、この保育園だよりはどうも読みにくい。「手書きだから」とか「モノクロだから」という理由ではありません。モノクロ手書きでも、レイアウト次第でスッキリとさせることは可能です。

 

先に言っておくと、これは何も保育士さんが悪いと言っているわけではありません。これが読みづらかろうが美しくなかろうが、最愛の子供を多忙な中見てもらっている立場ですから、穴があく程熟読するのは私の義務ですし、保育士さんにその能力を身につけろというのは酷な話です。というか、保育士さんがDTPマスターになってしまったら、こっちの商売上がったりですね。だからと言って、毎月外注に出す程でもないですし、なによりこの「手書き」というお便りの良さが損なわれます。

 

しかしながら現状を把握し、問題定義をしたくなるのはもう一種の病気でしょうか。なので以下は、保育士に当てた内容というよりは、職業柄の呟きとして書いていきます。

 

大きな理由としてあげられるのは、「白を空間ではなく余白と捉えている」というところです。

 

カラー印刷や、モノクロでもグレースケールがあるものでしたら、もしかしたら空間などなくともいいのかもしれません。スーパーのチラシなんかを見ると、ギュウギュウに詰め込んでいても、読み易くはないけどなんと無しに読めてしまいます。ですが保育園だよりというものは大抵「白」と「黒」の2色使いになることが多いです。そうなると、この白を「空間」と捉えることがとても需要になってきます。

 

お盆に一枚の大皿が乗っかり、エビフライと麻婆豆腐とカレーとサラダなんかがバランや銀紙で仕切られて山盛りに積まれて「さあどうぞ」と差し出されても、なんだか大きなお弁当箱のようです。エビフライに麻婆豆腐がついたり、カレーにキャベツが投入したりしてくるでしょう。もう中身はぐちゃぐちゃです。(こんな献立ないでしょうが)
そうではなく、同じ大きさのお盆でも、一つ一つ小皿に盛り付けられた方が、一目で料理が見てとれます。

 

これが一枚の大皿に盛ろうとすると、バランと料理の間に隙間があれば、食べかけみたいですよね。
バランは自立しないですし。だから食材を無理に詰め込んで、仕切りが機能するよう努めるかもしれません。また、バランを取って、料亭のように美しく盛り付けるのも一つの手ですが、量は極端に減っていきます。

 

ここで言うお盆が「紙」であり、お皿とお皿の隙間にあるものが「空間」です。そしてバランやお皿が「枠、飾り付け、イラスト」になります。

 

大皿で盛り付けようとしてバランも加えると「食べかけ=余白」のように感じてしまいます。
そうではなく、小皿にまとめて添えておけば、皿との隙間は「空間」と認識できるでしょう。
お皿お皿の間に食材を詰め込もうとは思いませんからね。
私達は、バランではなく小皿を使うべきだと思っています。

 

たくさんの文章をバラン(線)で区切るのではなく、お皿(一つの塊)の中に文章を盛り付けるという作業です。
料理を乗せてバランを付けて、また隣の料理を乗せる。こんな風に、まず文を書いて線で区切って、また次の文書く。
そうではなくて、まずお皿を全部お盆に乗せる。それから文字を書いていく。そんな順番です。

 

バランを使わず、小皿を使う気持ちで作っていくと、
意外とスッキリしたものが使えるのではないでしょうか。
これはDTPにおける定番の考え方を、私なりに解釈してみました。
今後も頑張っていきたいです。

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